2010年1月アーカイブ

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映画「ヴィクトリア女王 世紀の愛」を観ました!
お仕事関係でチケットを頂いたのです。
ありがとうございました。
ヴィクトリア女王は暗殺されたり、失脚する心配もないですし(笑)
とても安心して楽しめた素敵な映画でした。
夫婦仲良く英国を統治しましたとさ、めでたしめでたし!
そしてそれが(映画的脚色は少しはあるものの)ほぼ事実である
というのは、歴史的にも稀なことでしょうね。
そしてこの映画はきっと、ある趣向を持つ女性にはたまらない映画でした。
ある趣向とは...
・ドレスが出てくると、それだけで幸せな気持ちになる。
・映画に馬が出てくるとワクワクする。
・オペラもバレエも良く分からないけど、誘われたら行きたい!
・観光するときにお城があれば必ず行く。
・ピンクレディーのUFOが踊れる。
・アイドル松田聖子さんが好きだった。
なんて勝手なことを書いてますが、きっと、きっとそうです。
男性はどうだろう。
そもそも誘っても一緒に行ってはくれない気がしますね、タイトルからして。
「ヴィクトリア女王 世紀の戦い」だったら来てくれるかもしれませんけどね。

話は変わりますが...
アガサ・クリスティの自伝に、ヴィクトリア時代のスタイル、とか
ヴィクトリア時代の考えとか、ヴィクトリア時代の感覚とか
とにかく"ヴィクトリア"という言葉がたくさん出てくるのを思い出しました。
日本で言う、「あの人明治の男だから!」みたいな使い方と
同じような感じなのでしょうか。
ヴィクトリア女王の生きた時代は1819年5月24日=1901年1月22日(81歳で崩御)
明治天皇は1852年11月3日=1912年7月30日(61歳で崩御)
結構時期が重なっているのですね。
アガサ・クリスティの生きた時代は1890年9月15日=1976年1月12日なので
両親は思いっきりクイーンヴィクトリアの時代に生きていて
反対に自分の時代は英国が少しずつ力を失っていくとき。
クリスティの自伝を読んだときは正直、
ヴィクトリア風の意味が全然わからなかったのですが
(そして今もわかりませんが)
この女王への親しみや、少し前の大英帝国、
厳格な、でも、よい時代を思い出しつつ「ヴィクトリア時代」という言葉を使っていることから
祖母が「あの人は明治の男だったから」と、なんともいえない表情で
言っていたのを思い出します。
好きでも嫌いでもあって、張り倒してやりたいと思ったこともあったけど
頼りになった、一緒に生きてきた男性のことを言っていたのを思い出します。

パラサイヨコンサート(昨年まではパラサイヨゴスペル)のご案内です。
みなさま、ご都合が合えば、ぜひぜひいらしてくださいませ。

★Song for you ?あなたの歌が世界を変える Parasaiyo Concert 2010 ★

一年に一度、大切な誰かを思いながら、歌おう。
Parasaiyo Concert 2010は、ゴスペル体験型コンサートです。
最近、大きな声、出してますか?子供の頃のように、
思いっきり、一緒に歌ってみませんか?
一年に一度、自分のためじゃなく誰かを思いながら歌ってみませんか?
歌に、あなたの思いをのせてください。

たとえば、普段は照れくさくて、なかなか言えないこと、
大好きだという気持ち、ありがとうという気持ちを乗せて、
一年に一度、大切な人に歌を届けよう。

当日、お会いできるのを楽しみにしています!

■日程 2010年2月27日(土)
開場 15:30   開演 16:00   終了 18:30(予定)

■会場 こまばエミナースホール(昨年と同じ会場です)
http://www.komaba-eminence.com/map_1.html
東京都目黒区大橋2-19-5
井の頭線・駒場東大前駅より徒歩3分

■料金 4,500円(全席自由)

■出演 パラサイヨゴスペルクワイア2010ほか
 今回のコンサートのために結成された編成クワイアです。

■申し込み方法 こちらからどうぞ(400人限定です。お申し込みはお早めに!)
http://www.parasaiyo.net/paracon/concert/ticket.php

※PARASAIYO(パラサイヨ)は、フィリピンの孤児院をサポートしている社会人中心のボランティア団体です。  
パラサイヨ:http://www.parasaiyo.net/

※このイベントの収益金は、パラサイヨが支援しているフィリピンの孤児院の子供たちと
パラサイヨの活動資金のために役立てられます。

海辺のカフカ

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海辺のカフカ.jpg「海辺のカフカ」を読み返しています。
以前も読みましたが、もう内容を覚えていませんでした。
村上春樹先生の本はよくこういうことがあります。
あらすじを忘れてしまう。
でも読んでいるときは夢中で読んでいる。
1Q84は少し違って、ラストシーンを強烈に覚えていますが。
「海辺のカフカ」は上巻を読んでからだいぶ時間が経ちました。
正直、おぼろげにしか、主人公たちがどう生きてきたのか、以前、どんな事件があったのか、
思い出せない状態です。
でも、読めてしまう。
この文章にはまっています。
文章そのものがおいしくて、内容はどうでもいい。
そして私は本を読みながら、
別のことを考えています。
あるいは、なにも考えなくていい、
という状態を楽しんでいます。
熱にうかされているときに、一生懸命夢を見ていた気がするのに、起きたら全然覚えてない。
でも、体がすっきりと軽くなっている。
そんな感じです。
この小説を読み終わったら、私の中の何かが失われていくようです。
それが気持ちがいい。
春に出るという「1Q84」も楽しみです。
今度は出たらすぐ読まなくっちゃ。

リアル

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友人のメールで、面白い文章を見つけたので以下に。

...
この世には本当の芸術と偽の芸術がある。

本当の芸術は経験であって、作品という名の目に見える物体ではない。
その経験は、自己否定を自覚的に積算している者にだけある日突然に訪れ、
その人の人生を完全に支配してしまう。(中略)

さらにそれを経験した者は、必要な技量があれば、その経験を作品化することが
いつでも可能になる。何故なら、その経験はある客観的な法則によって成立して
いるから、その法則に従ってさえいれば、創造する上で迷うことがないからだ。
つまり本当の芸術の経験者は、数学者が設問を解いたり応用問題を作成したりで
きるように、芸術を理解して忘れることがないのである。これは肉体でいうとこ
ろの自転車の運転の体得と同じである。

一方、本当の芸術の未経験者は主観的な経験に基づいた作品しか作ることが
できない。そのような作品は、作者の精神の反映であるがゆえに、一般的な共感
を呼びやすい。だがそれは、客観性を欠き、時間の経過と共に影響力が減じてし
まう一時的な存在である。それゆえ鑑賞者の人生を根本的に変えることはなく、
一時的な感動を生んでは消えてゆく。私はそれらを偽の芸術、または娯楽作品と
呼ぶ。

偶然にもそのような共感(大衆化)という「成功体験」を経験した者は
自己否定をしない人間になってしまい、さらに悪いことに、本当の芸術の経験者
が作った作品を理解することが出来なくなってしまう。何故なら彼らはいつも
「成功者の主観的解釈」というフィルター中で創作を行い、そのフィルターを通
じてしか作品を見ることが出来ないからである。また彼らは偽の芸術と本当の芸
術を混同しており、自ら混迷を深めてしまうことに気付かない。しかも成功体験
を根拠として混迷している自己を隠蔽したがるために、芸術について多くの言葉
を弄して語ろうとする。

しかし本当の芸術は客観的法則を伴った経験であるがゆえに「主観的な解釈」は
意味を為さない。その存在は数学と同じく、限られた「解」を持ち、人間にとっ
て普遍的原理を提示するがゆえに、消えることがない。

本当の芸術的経験に基づいた作品は、私たちの精神の外側にあるなんらかの法則を
表現しているので、私たちはそれを言語化するための概念を持っていない。しか
し「娯楽作品」はいくらでも説明可能であって、私たちの無根拠な嗜好に基づい
て好き嫌いを述べる自由が与えられている。

だが人間の主観は徹底的に曖昧であって、安心して依存するに値しない。
だから常に自省や自己否定をして、主観の幻想性を知っておかなければ、本当の
芸術を経験することは出来ない。

たくさんのノー。そしてたったひとつのイエス。

私は残りの人生で、主観に頼った娯楽品ではなく、不確かで曖昧な人間の主観を
超えた客観的な芸術を一度でもいいから経験したいと思う。
『金田真一オンライン記念館』より
...以上引用

私の中で、芸術とはなにか、というのは大きく大切な問いです。
でも、おそらく「それもひとつの答えだね」ということはあっても
理解しきることはできないだろうという予感がしています。
上記の引用も、ひとつの答えです。
そして私は上記の「経験」、という言葉を、
「リアル」という言葉に置き換えて読んでいました。
よい芸術作品に出会うと、作者は知らない人なのに
「これは私か?」というくらい、
シンパシーを感じることがあります。
あるいは反対に、私が失われて、強烈に揺さぶられる。
それも私だけでなく、多くの人がそう感じる。
たとえばあなたも私も風になって、ぐるりと地球をまわって
この一瞬を同時に経験することはできないのに
どんなにあなたが好きでも、私はあなたにはなれないのに
芸術作品を通じて、知らない誰かをリアルに感じる。
その人が関係ない誰か、痛みも喜びも悲しみもさみしさもない、関係ない誰か、ではなく
同じように生きている関係している誰かと感じる。
そして、世界にアクセスする。
芸術作品という装置を通じて、私はあなたになり
あなたは私になり、私は世界で、世界は私になる。
それがリアル。
それが芸術なのではないか。
でも今、そんな気がしているだけかもしれない。

でもいつも
リアルは嘘をつきません。
リアルは醜くていやらしくて、美しいものです。
リアルは見上げもするし、見下しもするけれど、あなたや私そのものです。
どぶねずみみたいに美しくなりたいと歌ったブルーハーツに
私は私を揺さぶられました。
リンダリンダのリンダってなんだよ?と思いながら
ぴょんぴょん跳ね回りました。
これってアートなんじゃないの?って、予備校生のとき
カラオケでみんなで熱唱しながら思ったのを、今思い出しました。

上に書かれているように、どんなに書いても
むしろ書けば書くほど遠ざかっていくようです。
そしてやっぱり思います。
芸術ってなんだろう。なんだろう...?

昨日の日記「どん底」つながりで...

今日の朝日新聞(夕刊)に、岩井克人氏が「底」とは希望である、ということを書いていた。
そういえば、前のブログ道楽日記に、岩井克人氏のヴェニスの商人の資本論について
書いたことがありました...。
今は道楽日記はプライベートモードになっているので、ここに載せておきます。

...道楽日記より...

「ヴェニスの商人の資本論」2008年3月3日 

本を人に勧めるときに、いつも気になることがある。
読書というのはいつも、非常に私的な体験だ。

私の「いい」は、あなたの「いい」になるだろうか。

感動も、単純にいいなと思うところも、自分の体験や
今自分が疑問に思っていること、抱えている「問い」を重ねて読んでいる。

だから発見があるし、涙が出る。
なぜこの本がいいのか、ということを話そうとしたときに
自分の体験を話さないで語る事は、とても難しい。

おそらく、もっと高度な挑戦をしかけようとするならば
あなたの体験を通じて話をする、ということができたらより素晴らしいけれども
それができる相手は、私にとってとても仲の良い
コミュニケーションがよく取れている相手に限られる。

それにそれはブログでは無理だよね。
そうなると今のところ、本の紹介と言ったって私の体験から語るしかない。

今日の本は岩井克人氏の「ヴェニスの商人資本論ヴェニスの商人の資本論 (ちくま学芸文庫)

ヴェニスの商人の資本論 (ちくま学芸文庫)


ラジオディズの平川さんが教えてくださった本。
(いつも素晴らしい出会いをありがとうございます)


平川さんが教えてくださる本は、難しい本が多いので
一日4冊読むと決めている私もペースが落ちる。(2008年当時、今はそんなに読んでません)
この本は読破するのに2週間以上かかってしまった。

日本語だから、読むことはできるのだけれども
海老と納豆と、ワインチョコレートでできている私の脳みそ
(↑好物です、適度に与えてください↑笑)には理解するのに、時間を要した。

知らない人名や、思想がもぐら叩きのように多発してそのままにしておけないものが多かった。

この本を読むために「レヴィストロース入門」を買ったし

レヴィ=ストロース入門 (ちくま新書)

レヴィ=ストロース入門 (ちくま新書)

マルクスだったらこう考える」を読んだ。

マルクスだったらこう考える (光文社新書)

マルクスだったらこう考える (光文社新書)


だからと言っても、んだば、急にはわからねけども(なぜか急にニセ東北弁)
ため息とともに、今まで読んでいた本に
どれだけ自分の知っていることが書かれていたのか思い知る。

まず最初の章ではこの本の題名の通り
シェイクスピアの「ヴェニスの商人」の話を使って資本主義の発展はいかにしてなされたか
つまり「利潤」はいかにして生まれるか、ということが語られる。

 

ヴェニスの商人お話は、最近アル・パチーノシャイロック)出演で映画化されているし、
ご存知の方も多いと思うけれどヴェニスの商人 オリジナル・サウンドトラック

一応あらすじだけ説明すると

<あらすじ>

ヴェニスの商人アントニオに、友人のバッサニオがお金を借りにやってくる。
バッサニオはポーシャに一目惚れし、どうしても求婚したいのだが、お金がない。
アントニオも、手元にまとまったお金がないので
バッサニオのために金貸しシャイロックのところへ金を借りに行く。
シャイロックユダヤ人商人で、高い利息を取る。
日頃の恨みもあり、シャイロックは万が一返済不能の場合は
胸の肉1ポンド切り取らせるという条件でアントニオに金を貸す。
ポーシャのところにはバッサニオ以外にも求婚者が押しかけていた。
求婚者には、金、銀、鉛の3つの箱のうち正しい箱を選べば求婚が叶うというテストが課せられる。
何人もの名のある求婚者が失敗し去って行く中でバッサニオはもっとも地味な鉛の箱を選び、ポーシャを射止める。

ここで大問題が発生する。
アントニオの商品を乗せた船がすべて沈没し借金の返済ができなくなったのだ。
シャイロックの返済条件は「胸の肉1ポンド」つまり死を意味する。
アントニオの元に急ぐバッサニオ。

ここでポーシャが大活躍する。

男装して裁判官変装し、法廷に乗り込むのだ。
この裁きが、名場面として知られる。
「肉を切り取るのはよいが、血は一滴も流してはならぬ。この証文には肉1ポンドとのみ書いてある。血を流してよいとはどこにも書いてない。」

ポーシャはまるで遠山の金さんばりの大見得をきり、物語は一気にクライマックスへ。

アントニオは勝訴し、一命を取りとめ更に、船の難破はすべて間違いだったという知らせが入り、めでたしめでたし


このお話は、私には懐かしいシェイクスピア物語
でも、岩井氏は資本主義の原理をこの物語に見たのだ。

利潤を生むのは何か。

当たり前だが、それが貨幣を媒介にしたとしても
等価交換を繰り返すだけでは、絶対に利潤は生まれない。
労働によって、加工された商品でも、労働報酬が発生するのだから理論的には利潤が生まれる事はない。

しかし、わらしべ長者的に、利潤が増えていくのはなぜか。

それは「差異」によって発生する。

ここから先は、私の説明能力の範囲を超えているので、興味のある方は本を読んでみてください。

私は演劇が大好きだから、この1章はとても入りやすかった。
半分は自分の知っていることが語られて、そこから未知の世界に案内されるという体験。

文学経済と掛け合わせは、読みながら「おぉっ」と声が出るくらい興奮の楽しい読書体験になった。

茂木健一郎さんが、どんなことを話しても、結局脳の話になってしまうように
きっと岩井克人氏の話も、全部経済の話になってしまうのだろう。

(智慧の実を食べようでは、確かジェーン・オースティンの「自負と偏見」についても、同じように経済学者の視点で語られていたと記憶している)

それが素晴らしいし、新しいし、面白い。智慧の実を食べよう 学問は驚きだ

智慧の実を食べよう 学問は驚きだ

自負と偏見 (新潮文庫)

自負と偏見 (新潮文庫)


読み終わった私には、まだまだ理解しきれていない感覚が残り
きっとこの本はまた時間をおいて読み返すことになると思う。

岩井克人さんも、1度読むだけの本はベストセラーリストを見ればいいわけ
2度読める本のリストがあったほうがいいよねと、智慧の実を食べように書かれていらっしゃいましたし、一回で理解できなくても、どうかお許しくださいませ。

...以上道楽日記より...

久しぶりにこの本を読み返したくなった。明日持って行こう。

どん底

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どん底黒澤明監督.jpgロシアの大作家ゴーリキィの作品。

名前通り、どん底な生活をしている人々を書いた作品。
黒澤明監督の映画にもなっていて、無名塾が何回も上演している。
仲代達矢さんのサーチンを当時観た時、
といっても私もビデオでだったのだが、本当に凄くて、鳥肌が立った。


どん底無名塾.jpg無名塾のときに、先輩達がワシリーサがルカを誘惑するシーンを稽古用にその箇所だけ何回も練習していて、当時16歳だった私には理解できないことだらけだったけれど、今でも印象に残っている。

...って、なんにも知らない人が読んだら??って感じだと思いますが、今日はとてもとても「どん底」が読みたくなったのです。
でも、時間がないので読む時間がなくて、今こうしてブログを書きながら、自分の記憶の中で読み返しているのでした。
お付き合いいただいてありがとうございます。

サーチンのセリフ
「近いものに対する思いやりから嘘をつく人間はいくらもあらあ...おら知ってるよ!本で読んだよ!そういう人はみな、実にきれいに、精神をこめて、人の気を引き立てるように嘘をつくんだ!」

私はあんなに子供で、アホなときから(まあ、今もアホなことには変わりないけれどもね)
こんなに豊かなセリフや、体験に囲まれていたのだなあ...。

在籍期間なんてほんの少しだったけれど、無名塾時代に、仲代さんや宮崎さんから頂いたものは
本当に大きかったと思います。
何にも返せずに終わってごめんなさい。今だからこそわかることがたくさんあります。
ありがとうございました。

名探偵ポアロ

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ポアロ.gifDavid Suchetのポアロで有名な名探偵ポアロ。
一体このドラマを私は何回観ているのか。
49話あるDVDを、おそらく1作品5回以上は観ていると思う。
もっとかもしれない。
いいかげんにしたら?と私も思う。
この作品にとりつかれてしまう理由はなんだろう。
実は、この作品がNASAの「宇宙人遭遇時、地球を好きになってもらおう計画!」の成果で?
ポアロを観たらポアロをまた観たくなってしまうとか?

配役もいいし、ストーリーがとても丁寧に作られている。
本当においしい料理を食べると無言になってしまうように
私も観ながら言葉を失ってしまう。
何か特別なことがあるわけではない。
非常にクラシック。
時代だって古いし。
このおひげは、ちょんまげに匹敵するどきどき感をもたらしているって思いません?
水戸黄門的なお約束も満載で、そこがたまらなくてまた観たくなる。
そして無駄なものがひとつもない。
「物語の中に拳銃が出てきたら、それは発射されなくてはならない」といったのは
チェーホフですね、村上春樹先生。
(小説「1Q84」の中に引用文があったのです)
電話のメモがアップになり、ポアロが少し考えているポーズをしたら
それはそこに物語の大きなヒントが隠されている。
誰でもわかるサインだ。
でも、詳しい内容はわからない。
ほんのり匂っている。犯人は誰だろう。
登場人物の誰かだ。
私が知っている誰かだ。
もしくは、犯人は先にわかることもある。
でも、その方法や、動機がわからない。
それはポアロだけが知っている。

奥からいい香りがしてくる。
材料はわかっているのに、
作り方がわからない料理のようだ。
おいしい料理はリズムがいい。
動きに無駄がない。
(動きに無駄があると、決まって鍋が焦げる。)
一番いいときに火を止めて、ふんわり湯気が立つ。
このときを待っていたかのように、猫が上に鼻を向けて起き上がる。
しょうがの匂いがするような。
クミンも入っている?
このおいしさのヒミツがわからない。
何回観てもわからない。
だからまた観る。

そして毎回発見がある。
なぜ、このシーンではAになっているのか。
Bにしなかったのはどうしてか。
きっと理由がある。
質問したら「それはね」と答えてくれる作り手が後ろに控えている。
そんな気がするのだ。
だからやっぱりまた観てしまう。

初日の出2010.jpgのサムネール画像のサムネール画像新年明けましておめでとうございます。

2010年の幕開けは、家族で見た初日の出。

今年の初日の出は、小さな可愛らしい雲が帽子のようで

「やあ!こんにちは!」と言っているようでした。

そして、とろけたあんずジャムみたいなおいしそうな太陽に、

今年も家族や友人、大切な人が幸せでありますようにと祈ります。

私の今年のテーマは「今過去」です。

カタカナにするとイマカコ。なんか可愛いですね。女の子の名前みたいで。

今はあっという間に過去になる。今は過去になりかけの瞬間。

当たり前のことですが、それを意識してみようと思います。

それを抱えて、想像します。

10年後の、しわが増えて、男の子と女の子と、大好きなだんな様がいる私

子育てが一段落したら、執筆やArtoflifeの仕事を続けている私から見て

(ツッコミスルーします笑、あくまで想像ですから許してください)

あのときあの判断をしていたから、あの準備をしていたから、今がある。

そう思えるように、イマカコをつくりあげていこう。

そして、本当に大切な人、もの、ことを、しっかり大切にできるように

どっしりとした根をはろう。

そんなことを考えています。

おっちょこちょいで、困ったことも多い私ですが

もっと良い人間になれるよう、精進したいと思います。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

前のブログを楽しみにしてくださっていた方、もしいらしたらですけど(笑)

過去の記事を削除してごめんなさい。

新しい土地にやってきました。

よい水があります。

大切に育てたら花は咲くかなあ。

咲かせますとも。

プロフィール

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森田藍子(旧姓五十川) Aiko Morita(Isokawa)
昭和51年11月3日生まれ B型。東京都大田区大森出身。

最終002.JPG現在は目黒区在住。

聖ドミニコ学園小学校から高校へ。高校2年で中退し俳優仲代達矢氏主宰の無名塾へ入学。
その間大検を取得し東京理科大学工学部建築学科に進む。
建築を学ぶつもりが、競技ダンスに熱中。
全国大会準優勝、学長賞をいただくが、製図は大の苦手。
親切な友人達に助けられて大学を卒業。
卒業後は 株式会社ゴールドクレスト に入社。

2002年に 有限会社私には夢がある の和田清華さんと出会い、
あたたかいサポートのおかげでフリーライターに。
インタビューを年間約60件こなす。
2004年第2日本テレビ立ち上げに携わる。
2006年よりオススメの本を紹介するブックコンシェルジュとしてラジオに出演。
2006年よりゴーストライターとして年間平均4冊執筆。カタログ、パンフレットなどの制作も行う。
2008年より、新入社員研修講師、ファシリテーター、ミステリーショッピング、フリーランスで結婚式の司会業を行う。
2009年 初の著書「コルビュジエさんのつくたかった美術館」出版。
2010年 株式会社アートオブライフ創業。

現在は、執筆・編集企画・インタビューに加え、アートコンシェルジュとして
アートの裏にひそんでいる「見えないけれども存在している物語」の紹介を行うほか
最近では、ライフワークとして遺言書のご相談、
ターミナルケア・グリーフケアのアートセラピーに取り組んでおります。

4904700007.JPG・著書
「コルビュジエさんのつくりたかった美術館」
文/五十川藍子 絵/金子ともこ
http://www.amazon.co.jp/dp/4904700007



・ラジオ出演

「ラジオの街で逢いましょう」
日曜夜23時00分インターFM(76.1MHz)にて放送中
http://www.radiodays.jp/

「新刊JP」
http://www.sinkan.jp/top/index.html
「MUSICBIRD」
http://www.musicbird.jp/
※「本のある生活」に出演(2005年)


・インタビュー

チャレンジネット
http://www.challenge.ne.jp/

・パンフレット制作
音楽座
http://www.ongakuza-musical.com/

 

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