中指は明日ってやつで

息子(4歳)が、指を三本出して
人差し指を指して
「これがイマ、で
(中指を指して)
これが明日で
(薬指を指して)
これが明日のさきのヤツ、だよね?」
と聞いてきた。

そうそう、明日はお友達とピクニックに出かけるんだよ、
そして(薬指)ココで大好きなお姉ちゃんとお兄ちゃんに会えるんだよー
嬉しいねえと話すと
「それは嬉しいねえ。楽しいねえ」としみじみしながら眠りにつきました。

会いたい人がいるから明日という概念を獲得するんだね。

シンガポールに来てから一年と4ヶ月が経過。
ここにとても会いたい人ができたことは
私たちの生活を劇的に変化させたと思う。

でもシンガポールは、多くの人にとって中継地であり続ける。
それは何百年も前、マラッカ海峡の港として栄えたときと変わらない。

プラナカンという言葉は、その土地生まれの人
という意味で、そんな言葉が必要なくらい
様々な人が行き交ってきた場所なのだ。

人はやってきて、やがては去って行く。
息子のクラスメイトもこの1年で5人も旅立っていった。

私たちも今後どのような流れになるか天のみぞ知る。
大いなる力、運命のようなものにお任せ
そして顔も福々しい旦那にお任せです(合掌)。

この土地のエネルギーは、いつも風に吹かれていて
どこか落ち着かないようにも感じるけれど
その居心地の良さもあるなあと思う。

今朝、家の前の横断歩道でスキップしている人がいたが
いぶかしげに見る人もいないし、かといって無視する訳でもなく
「あースキップしたいんだねぇキミは」って顔でみんな気にしない。

シカトとかスルー、という言葉はそぐわない。
そんな冷たい感じではなく、かといって、温かく包むようなものでもない。

横断歩道でスキップすることは、赤いバッグを持ってる人がいる
ということと同じようなもので、シンプルな情報でしかない。

だって誰に迷惑がかかるわけでもないし、それほど危険でもない。

日本でやったら、危険人物に分類されちゃうだろうけれどもネ。

でもちょっと楽しいわそういうの。いいじゃないそういうの、たまにはね。

昔、前の結婚で離婚の相談をしたとき、ある人に言われたことを思い出す。

もしあなたが本当に離婚したくなかったらね
いろいろあるけど、とにかく今日を楽しく過ごせばいいやって思うことよ。
いろいろあるけど、それはちょっと置いといて
鼻歌歌ったり、馬鹿みたいなジョーク言ったり
心を許せる人とスキップしたらいいわ。
思いっきり笑って、優しい気持ちになったら
相手に優しくするのよ。それが一番大事…。

さて、私もサンバのステップで横断歩道を渡ってるところを想像して、
にんまりしながら寝るとします。おやすみなさい。

Ai
インタビュアー、ブックコンシェルジュとしてラジオ出演、本、アート、グリーフケアに関する執筆活動をおこなう。2013年から東南アジアを中心とした海外と日本を行き来する生活に。日ごとパワーを増す息子たちとの海外生活に奮闘しつつ、だからこそ改めてこんな風に書くことができる歓びを感じる日々。